はじめに
自分の気持ちを「ことば」にすることの自由度が人間の幸福度に直結します。自分の思いを言い表せない人は深く苦しみ、一方で自由の翼を得た人はよろこびの海を渡っていきます。ことばは知識ではなく情緒に発します。情緒は宇宙との結び目であり、啓示にもつながる直観です。この直観力をどこまで回復できるかが、人間教育のすべてと言っても過言ではありません。
人間の情緒であることばを育てる方法は読書以外に方法がありません。読書は抽象化の能力を高めます。言語のシナプスが鍛えられるほど、心の輪郭もはっきり自覚できるようになるでしょう。思考体験をじっさいの「ことば」にすることで、考える力は飛躍的に上がるのです。そのためには想いを引き出す相手が必要です。それをプロのインタビュアーが務めます。
これは井戸水を繰り返し、繰り返し汲み上げるのに似ています。記憶の泉は掘るほどに力強さを増し、その水質は美しく澄んでいくでしょう。一度掘った源泉は枯れることなく、生涯その者の人生に寄り添いつづけます。理想は自ら意志となり、いつしかそれ自体が人間を導くようになるでしょう。
人間の思考を育てましょう。この試みは一般の家庭においても再現可能なものです。正しい情操は親子の対話をめぐり広がっていきます。すなわち読書とは、親子の信頼の橋渡しとなり、子どもの才能を育む時限装置といえます。十年後、二十年後、彼らがふたたび現実世界に戻って来たときに、かつて心の網膜に描いた世界を再現しようとしてもおかしくありません。
それが美しい世界であるかどうかは、いま目の前にいる大人たちの心がけ次第というのが紛れもない事実です。私もまた一人の教育者として、先哲の灯に導かれながら歩み始めたばかりです。